賃貸借契約は電子化できるって本当?
「賃貸借契約を電子化したいけれど、法律的に問題ないのだろうか」。そんな疑問をお持ちの経営者の方は多いのではないでしょうか。
結論からいうと、賃貸借契約の電子化は可能です。2022年5月に施行された宅地建物取引業法の改正により、不動産取引における重要事項説明書や契約書の電子交付が正式に認められました。この改正は、2021年5月に成立したデジタル改革関連法に基づくもので、約48の法律が一括改正される大きな制度変更の一環です。
国土交通省は2019年度から2021年度にかけて、不動産取引の電子化に関する社会実験を実施しました。この実験では、電子契約の法的有効性や利用者の満足度が検証され、その結果が法改正に反映されています。
ただし、賃貸借契約には借地借家法という強力な法律が適用されるため、電子化にあたっては特有の注意点があります。本記事では、中小企業の経営者が知っておくべき法的ポイントを具体的に解説します。
借地借家法の強行規定を無視すると契約が無効に?
賃貸借契約を電子化する前に、まず理解しておきたいのが「借地借家法の強行規定」です。
強行規定とは、当事者間の合意があっても変更できない法律上のルールのことです。借地借家法(平成3年法律第90号)には、借主を保護するための強行規定が複数定められています。これらは紙の契約書でも電子契約でも同じように適用されます。
具体的には、以下のような規定が強行規定にあたります。
- 正当事由制度(第28条・第30条):貸主が契約の更新を拒絶したり、解約を申し入れたりする場合には「正当事由」が必要です。建物の老朽化や貸主自身の使用の必要性などが判断材料になります。この規定は、契約書に「貸主はいつでも解約できる」と書いても無効になります。
- 賃料増減請求権(第32条):経済状況の変動に応じて、貸主・借主いずれからも賃料の増額・減額を請求できる権利です。「賃料は契約期間中変更しない」という特約があっても、減額請求権は排除できません。
- 更新拒絶の制限(第26条):貸主が更新を拒絶するには、期間満了の1年前から6か月前までに通知する必要があります。この通知がなければ、従前と同じ条件で契約が更新されたものとみなされます。
ここで注意したいのは、電子契約であっても強行規定に反する条項は無効となる点です。たとえば、電子契約システム上で「貸主は理由なく即時解約できる」というテンプレートを使用しても、その条項は法的に効力を持ちません。
「契約書に書いてあるから有効」とはならないのが強行規定の特徴です。電子契約を導入する際には、契約書テンプレートの内容が借地借家法に適合しているかを確認しておきましょう。
なお、契約タイプによって注意すべきポイントは異なります。賃貸借契約以外の契約タイプについて詳しく知りたい方は、契約タイプ別ガイドもあわせてご覧ください。
定期建物賃貸借の電子化に必要な「事前説明」の要件
賃貸借契約のなかでも、特に電子化で注意が必要なのが「定期建物賃貸借契約」です。期間限定のオフィスや店舗を借りる際に使われるこの契約形態には、法律上の厳格な要件があります。
定期建物賃貸借契約とは、契約期間が満了すれば更新されずに終了する契約のことです。借地借家法第38条に定められており、通常の賃貸借契約(普通借家契約)とは異なり、借主の更新権が認められていません。
この契約を有効に成立させるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 書面による契約:口頭での合意では足りず、書面(電子契約を含む)で契約を締結する必要があります。2022年の法改正により、電子的な方法での契約締結も「書面」として認められるようになりました。
- 事前説明書面の交付:契約締結前に、「この契約は更新がなく、期間満了により終了する」旨を記載した書面を借主に交付し、説明する必要があります。この書面は契約書とは別の独立した文書でなければなりません。
- 事前説明の実施:書面の交付だけではなく、貸主から借主に対して説明を行う必要があります。ビデオ通話を使ったオンライン説明も認められています。
2022年5月の改正で、事前説明書面の電子交付が可能になりました。しかし、電子交付を行うためには借主の事前承諾が必要です。承諾を得ずに電子交付した場合、事前説明義務を履行したとは認められない可能性があります。
もし事前説明を怠ると、どうなるのでしょうか。借地借家法第38条第3項は、事前説明がなかった場合、契約の更新がないとする定めは「無効」になると規定しています。つまり、定期借家契約のつもりで締結しても、普通借家契約として扱われてしまうのです。
こうした経験をお持ちの不動産オーナーの方もいらっしゃるのではないでしょうか。「定期借家で契約したはずなのに、退去を求められない」というトラブルの原因は、多くの場合、この事前説明の不備にあります。
電子契約サービスを選ぶ際には、事前説明書面と契約書を分けて送付できるかどうかを確認してください。Simple Contractのような立会人型電子契約サービスでは、複数の文書を別々に送信できるため、事前説明と契約締結を法的要件に沿った形で進められます。
原状回復義務を電子契約でどう定めるか
賃貸借契約における退去時のトラブルで最も多いのが、原状回復に関する問題です。原状回復とは、借主が退去する際に、物件を借りた当初の状態に戻す義務のことです。
民法第621条では、通常の使用による損耗(通常損耗)や経年劣化については借主の負担としないことが原則とされています。国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、この原則が詳しく解説されています。
ただし、事業用物件の場合は、住宅用物件とは異なるルールが適用されることがあります。住宅用物件では消費者契約法による借主保護が強く働きますが、事業者間の契約では、当事者間の特約がより広い範囲で有効とされています。
電子契約で原状回復条項を定める際のポイントを整理しましょう。
- 原状回復の範囲を明確にする:「原状回復」という言葉だけでは、どこまでが義務なのか曖昧です。内装工事の撤去、設備の取り外し、壁や床の補修など、具体的な項目を列挙しましょう。
- 通常損耗と借主負担の区分:どのような損耗が「通常損耗」にあたり、どのような損耗が借主負担になるのかを明記します。具体例を挙げておくと、退去時の認識の相違を防げます。
- 費用負担の基準:原状回復工事の費用をどのように算定するか、敷金からの充当方法、精算の時期と方法を定めておきます。
- 入居時の現況記録:原状回復の基準となる「原状」を明確にするために、入居時の物件状態を記録しておくことが重要です。写真や動画を撮影し、電子契約と一緒に保管しておけば、退去時の比較資料として活用できます。
電子契約サービスを活用するメリットのひとつは、入居時の状態記録を契約書と紐づけて電子的に保管できる点です。紙の契約書と紙の写真を別々のファイルに保管していると、退去時に「写真が見つからない」「いつ撮影したものかわからない」といったトラブルが起きがちです。
電子契約であれば、契約締結日・入居時写真の撮影日・契約書PDFがすべてタイムスタンプ付きで記録されます。これにより、退去時の原状回復交渉で客観的な証拠として提示できます。
賃貸借契約を電子化する具体的な手順
ここからは、実際に賃貸借契約を電子化する際の具体的な手順を見ていきましょう。
ステップ1:契約書テンプレートの準備
まず、現在使用している賃貸借契約書のテンプレートを確認します。借地借家法の強行規定に反する条項がないか、原状回復の範囲が明確に記載されているか、定期借家契約の場合は事前説明書面が別途用意されているかをチェックしてください。
ステップ2:相手方への説明と承諾取得
電子契約に切り替える場合、借主(または貸主)に対して事前に説明し、承諾を得る必要があります。宅建業者が仲介する場合は、重要事項説明書や契約書の電子交付について書面での承諾が求められます。当事者間の直接契約であれば、宅建業法の規制は適用されませんが、相手方の同意は当然必要です。
ステップ3:電子契約サービスの選定
賃貸借契約の電子化に適したサービスを選びます。確認すべきポイントとしては、複数の文書を別々に送信できるか(定期借家の事前説明書面と契約書を分離できるか)、タイムスタンプが付与されるか、署名履歴(IP、操作時刻、ハッシュ値)が記録されるか、そして契約書の長期保管に対応しているかなどが挙げられます。
ステップ4:入居時の記録作成
電子契約と同時に、物件の入居時の状態を記録しておきます。壁・床・天井・設備の状態を写真で記録し、契約書と紐づけて保管します。これが退去時の原状回復交渉の基準となります。
ステップ5:契約締結と証跡の保管
電子契約サービス上で契約を締結します。電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)に基づく電子署名が付与されたPDFは、紙の契約書と同等の法的効力を持ちます。署名完了後は、締結済みPDFを双方がダウンロードできる状態にしておきましょう。
電子化で注意すべき3つの落とし穴
最後に、賃貸借契約の電子化でよくある失敗パターンを3つ紹介します。
1. 定期借家の事前説明を契約書と一体化してしまう
先述のとおり、定期建物賃貸借の事前説明書面は、契約書とは別の文書である必要があります。電子契約だからといって、1つのPDFにまとめて送信してしまうと、事前説明義務を果たしていないと判断される可能性があります。必ず別文書として作成・送信してください。
2. 強行規定に反するテンプレートをそのまま使う
インターネット上で入手できる契約書テンプレートのなかには、借地借家法の強行規定に反する条項が含まれているものもあります。たとえば「契約期間中の賃料減額請求を一切認めない」という条項は、借地借家法第32条の趣旨に反する可能性があります。テンプレートを使用する場合でも、法律との整合性を確認してから利用しましょう。
3. 電子交付の承諾を取らない
宅建業者が仲介する取引では、電子交付について借主の承諾を得ることが法律で義務づけられています。承諾を取らずに電子契約で進めてしまうと、手続きの有効性が問われるリスクがあります。また、定期借家の事前説明の電子交付についても、別途承諾が必要です。
こうしたリスクを避けるために、電子契約の導入時には法的要件を整理し、手順を標準化しておくことが大切です。
まとめ:法的ポイントを押さえて安心の電子化を
賃貸借契約の電子化は、2022年の法改正により法的な基盤が整いました。しかし、借地借家法の強行規定、定期建物賃貸借の事前説明義務、原状回復条項の明確化など、紙の契約書の時代から変わらない法的要件は引き続き重要です。
電子化のメリットは、コスト削減や業務効率化だけではありません。タイムスタンプによる証跡の自動記録、入居時記録の一元管理、契約更新時期のアラート通知など、紙では実現しにくかった管理体制を構築できる点にあります。
まずは、現在の契約書テンプレートを見直すところから始めてみてはいかがでしょうか。法的ポイントを正しく押さえた上で電子化を進めれば、トラブルのリスクを下げながら業務を効率化できます。

