「契約書なんて形式的なもの」と思っていませんか。建設業界では、口約束や簡易な注文書だけで工事を進めてしまうケースが少なくありません。しかし、それが原因で代金未払いや追加工事の費用負担をめぐるトラブルに発展することがあります。
建設業法では、一定の条件を満たす工事について書面による契約を義務付けています。法律を守るためだけでなく、自社を守るためにも、契約書の基本を押さえておくことが大切です。
この記事では、建設業の契約書に必要な項目から、よくあるトラブル事例、そして効率的な契約管理の方法まで、中小建設会社の経営者の方に向けて解説します。
建設業法が求める契約書の16項目とは
建設業法第19条では、建設工事の請負契約を締結する際に、書面に記載すべき事項を定めています。これは元請・下請を問わず、すべての建設工事に適用されます。
具体的には、以下の16項目を契約書に記載する必要があります。
- 工事内容
- 請負代金の額
- 工事着手の時期および工事完成の時期
- 工事を施工しない日または時間帯の定めをするときは、その内容
- 請負代金の全部または一部の前払金または出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期および方法
- 当事者の一方から設計変更または工事着手の延期もしくは工事の全部もしくは一部の中止の申出があった場合における工期の変更、請負代金の額の変更または損害の負担およびそれらの額の算定方法に関する定め
- 天災その他不可抗力による工期の変更または損害の負担およびその額の算定方法に関する定め
- 価格等の変動もしくは変更に基づく請負代金の額または工事内容の変更
- 工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め
- 注文者が工事に使用する資材を提供し、または建設機械その他の機械を貸与するときは、その内容および方法に関する定め
- 注文者が工事の全部または一部の完成を確認するための検査の時期および方法ならびに引渡しの時期
- 工事完成後における請負代金の支払の時期および方法
- 工事の目的物が種類または品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任または当該責任の履行に関して講ずべき保証保険契約の締結その他の措置に関する定め
- 各当事者の履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息、違約金その他の損害金
- 契約に関する紛争の解決方法
- その他国土交通省令で定める事項
この16項目すべてを網羅した契約書を作成するのは、慣れていないと大変です。国土交通省が公開している「建設工事標準請負契約約款」を参考にすると、漏れなく作成できます。
なお、2020年の民法改正により「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に変更されました。古い契約書ひな形を使っている場合は、この点も確認しておきましょう。
書面契約を怠るとどうなる?罰則とリスク
建設業法に基づく書面契約の義務に違反した場合、どのような問題が生じるのでしょうか。
まず、行政処分のリスクがあります。建設業法違反として、国土交通大臣または都道府県知事から指示処分や営業停止処分を受ける可能性があります。悪質な場合は、建設業許可の取消しにつながることもあります。
実際に、国土交通省の監督処分事例を見ると、書面による契約を締結していなかったことを理由に処分を受けたケースが報告されています。
また、契約書がないと、トラブル発生時に自社の主張を裏付ける証拠がありません。「言った言わない」の水掛け論になり、最悪の場合は裁判でも不利になります。
よくあるトラブルの例を挙げてみましょう。
- 追加工事を行ったが、発注者が「頼んでいない」と支払いを拒否
- 工期が遅れたことについて、どちらの責任か明確にできない
- 完成後に不具合が見つかり、補修費用の負担で揉める
- 下請け代金の支払い時期について認識が食い違う
これらのトラブルは、適切な契約書があれば防げたか、少なくとも解決の道筋が立てやすかったはずです。
特に注意したいのが、追加工事や設計変更の扱いです。口頭で依頼を受けてそのまま施工してしまうと、後から費用を請求しても認められないことがあります。追加・変更が発生した場合は、その都度書面で合意を取ることが重要です。
下請け契約で注意すべきポイント
建設業界では、元請けから下請け、さらに孫請けへと重層的な請負構造が一般的です。この構造の中で、下請け業者が不利な立場に置かれやすいという問題があります。
建設業法では、元請け業者が下請け業者に対して行ってはならない行為を「不当な使用資材等の購入強制」「不当に低い請負代金」「不当な代金の支払い遅延」などと定めています。
下請け契約で特に注意すべきポイントをまとめます。
見積り期間の確保
元請けは下請けに対し、適切な見積り期間を設けなければなりません。建設業法では、工事予定金額に応じて以下の期間が目安とされています。
- 500万円未満:1日以上
- 500万円以上5000万円未満:10日以上
- 5000万円以上:15日以上
急かされて十分な検討ができないまま契約してしまうと、後から採算が合わないことに気づいても手遅れです。
代金支払いの条件
下請代金の支払いについては、建設業法で「特定建設業者は、下請代金を、その支払期日から50日以内に支払わなければならない」と定められています。また、元請けが発注者から前払金を受けた場合は、下請けに対しても適切に支払うよう努める義務があります。
契約書には、支払い時期と方法を明確に記載しましょう。「工事完了後○日以内に現金で支払う」といった具体的な記述が望ましいです。
書面交付のタイミング
契約書は、工事着手前に交付するのが原則です。「後で書類を整える」と言われて工事を始めてしまい、結局契約書が作られないまま完了してしまうケースがあります。着手前に書面を受け取ることを徹底しましょう。
契約書作成を効率化する方法
必要性は分かっていても、現場の忙しさの中で契約書作成に時間を割くのは難しいという声をよく聞きます。特に中小建設会社では、専任の事務担当者がいないことも多いでしょう。
契約書作成を効率化するためのポイントをいくつか紹介します。
ひな形の整備
よく受注する工事のパターンごとに、契約書のひな形を用意しておきましょう。毎回ゼロから作成するのではなく、ひな形に必要事項を埋めていく方式にすれば、作成時間を大幅に短縮できます。
国土交通省の標準約款をベースに、自社の実情に合わせてカスタマイズするのがおすすめです。ただし、法的に問題のない内容か不安な場合は、行政書士や弁護士に確認してもらうと安心です。
チェックリストの活用
16項目が漏れなく記載されているか確認するためのチェックリストを作っておくと便利です。契約書を作成・確認する際に毎回チェックリストを使うことで、記載漏れを防げます。
電子契約の導入
紙の契約書は、印刷・製本・郵送・返送という手間がかかります。また、相手方の押印を待つ時間もあり、契約締結までに数日から数週間かかることも珍しくありません。
電子契約を導入すれば、これらの手間を大幅に削減できます。契約書データをシステム上で作成し、メールで相手方に送信。相手方はPCやスマートフォンで内容を確認し、電子署名を行うだけで契約が完了します。
建設業法でも、2001年の法改正により電子契約が認められています。ただし、書面による契約と同等の要件を満たす必要があり、単なるメールでのやり取りでは不十分です。電子署名法に基づく電子署名や、タイムスタンプによる改ざん防止措置が求められます。
建設業の電子契約で確認すべき法的要件
建設業で電子契約を導入する際には、いくつかの法的要件を満たす必要があります。
建設業法第19条第3項では、電磁的措置による契約について以下の条件を定めています。
- 相手方の承諾を得ること
- 電子署名を行うこと
- 国土交通省令で定める技術的基準に適合すること
技術的基準としては、見読性(いつでも内容を確認できること)、原本性(改ざんされていないことを確認できること)、本人性(契約当事者が作成したことを確認できること)が求められます。
これらの要件を満たすには、電子署名法に基づく電子署名と、信頼できるタイムスタンプの付与が必要です。自社でシステムを構築するのは現実的ではないため、要件を満たした電子契約サービスを利用するのが一般的です。
電子契約サービスを選ぶ際は、以下の点を確認しましょう。
- 電子署名法に対応した電子署名機能があるか
- タイムスタンプが付与されるか
- 契約書データの長期保存に対応しているか
- 建設業の契約書に必要な項目を網羅できるか
- 取引先がシステムに登録していなくても利用できるか
Simple Contractのような電子契約サービスでは、相手方が会員登録していなくてもメールで契約書を送付し、電子署名を依頼できます。取引先の多い建設業でも導入しやすい仕組みになっています。
また、電子契約には印紙税がかからないというメリットもあります。建設工事請負契約書は印紙税の課税文書であり、契約金額に応じて200円から60万円の印紙が必要です。年間の契約件数が多い会社では、印紙税の削減効果も無視できません。
契約トラブルを防ぐための実践的なアドバイス
最後に、建設業の契約に関するトラブルを防ぐための実践的なアドバイスをまとめます。
工事範囲を明確にする
「工事一式」といった曖昧な記載は避け、具体的な工事内容を記載しましょう。図面や仕様書を契約書の一部として添付するのも有効です。何が含まれていて何が含まれていないのかを明確にすることで、追加工事をめぐるトラブルを防げます。
変更時は必ず書面で
工事途中で内容や金額が変更になった場合は、必ず変更契約書または覚書を作成しましょう。口頭での合意だけでは、後から「そんな話は聞いていない」と言われるリスクがあります。
支払い条件を具体的に
「工事完了後に支払う」ではなく、「完成検査合格後30日以内に、指定口座へ振込により支払う」といった具体的な記載が望ましいです。手形での支払いの場合は、その旨と期日も明記します。
契約書のコピーを保管する
当たり前のことですが、契約書は必ず双方が1通ずつ保管します。紛失に備えて、スキャンしてデータでも保存しておくと安心です。電子契約であれば、システム上で自動的に保管されるため、紛失のリスクはありません。
定期的な見直し
法改正や業界動向に合わせて、契約書のひな形を定期的に見直しましょう。2020年の民法改正以降も使っている古いひな形がないか、確認してみてください。
建設業の契約書は、単なる形式的な書類ではありません。自社と取引先の双方を守り、工事を円滑に進めるための重要なツールです。面倒に感じるかもしれませんが、適切な契約書があることで、安心して工事に集中できます。
まずは自社の契約書が建設業法の要件を満たしているか確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。

