「工事請負契約を電子化したいけれど、建設業法上の問題はないのか」。中小の建設会社や工務店の経営者から、こんな声をよく耳にします。結論から言えば、建設業でも電子契約は法的に認められています。しかも、印紙税の削減や契約スピードの向上など、中小建設会社にとって見逃せないメリットがあります。
本記事では、建設業法の改正経緯をおさえつつ、工事請負契約・下請契約の電子化について基礎から丁寧に解説します。「電子契約は大手ゼネコンの話でしょ?」と思っている方にこそ、読んでいただきたい内容です。
建設業法の改正で電子契約はどう変わった?
建設業の契約は、建設業法第19条により書面での締結が義務付けられてきました。工事内容、請負代金、工期など15項目を記載した契約書に署名・押印し、双方が保管する必要があります。
しかし、この書面義務は段階的に緩和されてきました。2001年のIT書面一括法で電子化の道が開かれ、2020年の建設業法改正で要件が明確化されました。そして2021年の施行により、電子契約の本格的な普及が始まっています。
現在の建設業法第19条第3項では、書面による契約に代えて「電磁的措置」を講じることが認められています。つまり、紙の契約書を作らなくても、電子データで契約を締結できるのです。
ただし、電子契約には3つの技術的基準を満たす必要があります。
- 見読性:契約内容を画面上で明瞭に読み取れること
- 原本性:データが改ざんされていないことを確認できること
- 本人性:契約の当事者が誰であるかを確認できること
これらの基準は、電子署名やタイムスタンプの機能を備えた電子契約サービスを使えば満たすことができます。特別な技術知識は必要ありません。
なお、電子契約を利用するには相手方の承諾が必要です。建設業法上、一方的に電子契約を強制することはできません。メールや書面で事前に承諾を得る手順を整えておきましょう。
工事請負契約・下請契約で電子化できる書類は?
「どの契約書を電子化できるのか」は、多くの経営者が気にするポイントです。結論から言えば、建設業で使う主要な契約書類はほぼすべて電子化が可能です。
まず、建設工事請負契約書です。元請と施主の間で交わす契約書も、元請と下請の間の契約書も電子化できます。建設業法第19条第3項が根拠です。
次に、注文書・請書方式です。基本契約を締結した上で個別工事ごとに注文書と請書をやり取りする方式は、建設業では一般的な取引形態です。この注文書・請書も電子データで交付できます。
さらに、工事途中で発生する変更契約書や追加工事の契約書も電子化の対象です。建設現場では設計変更や追加工事が頻繁に起こります。そのたびに紙の契約書を作成・郵送していては、工期に影響が出かねません。電子契約なら、変更が決まったその日のうちに契約を締結できます。
見積書や工程表、施工体制台帳などの関連書類も電子データで作成・保存が可能です。ただし、安全書類(グリーンファイル)については元請の運用方針に従う必要があります。
一方、公共工事については注意が必要です。発注者によって電子契約の対応状況が異なります。国土交通省や一部の自治体では導入が進んでいますが、まだ対応していない発注者も多い状況です。公共工事を受注する場合は、発注者に利用可否を事前に確認してください。
印紙税はいくら削減できる?具体的な金額で見る
中小建設会社にとって、電子契約の最大のメリットは印紙税の削減です。工事請負契約書は印紙税法上の「第2号文書」に該当し、契約金額に応じた収入印紙の貼付が必要です。
電子契約であれば、この印紙税が一切かかりません。印紙税法は「紙の文書」に対して課税する仕組みであり、電子データは課税対象外です。国税庁もこの見解を公式に示しています。
具体的な金額を見てみましょう。印紙税法および国税庁の「印紙税額一覧表」によると、請負契約書(第2号文書)の印紙税額は以下のとおりです。
- 契約金額300万円超〜500万円以下:1,000円
- 契約金額500万円超〜1,000万円以下:5,000円
- 契約金額1,000万円超〜5,000万円以下:10,000円
- 契約金額5,000万円超〜1億円以下:30,000円
- 契約金額1億円超〜5億円以下:60,000円
たとえば、年間の契約状況を以下のように仮定してみます。
500万円前後の小規模工事を年間50件、3,000万円前後の中規模工事を年間10件受注しているとします。紙の契約書では、小規模工事で1件あたり1,000円〜5,000円、中規模工事で1件あたり10,000円の印紙税がかかります。
仮に小規模工事の平均印紙税を2,000円として計算すると、小規模工事だけで年間約10万円、中規模工事で年間10万円、合計で年間約20万円の印紙税が発生します。電子契約に切り替えれば、この全額が削減できるのです。
契約金額が大きい案件が増えれば、削減額はさらに大きくなります。年間契約件数が100件を超える会社であれば、印紙税だけで年間数十万円から百万円規模の削減も十分に見込めます。
印紙税以外にも、紙の契約書に伴うコストがなくなります。契約書の印刷費、郵送費、保管スペースのコストも削減対象です。
電子契約と印紙税の関係について、さらに詳しくは印紙税・収入印紙の完全ガイドも参考にしてください。
建設業で電子契約を導入するときの注意点
電子契約にはメリットが多いですが、建設業ならではの注意点もあります。導入前に押さえておきましょう。
下請業者のIT環境に配慮する
建設業界は重層下請構造です。協力会社の中には、パソコンよりも電話とFAXが主流という会社も少なくありません。電子契約を一方的に強制するのではなく、相手の状況に合わせた対応が必要です。
まずはIT環境が整っている協力会社から始め、段階的に広げていく方法が現実的です。スマートフォンさえあれば署名できるサービスを選べば、パソコンがない協力会社でも対応できます。
紙との併用期間を設ける
すべての契約を一度に電子化する必要はありません。電子契約に対応できない協力会社とは紙で、対応できる会社とは電子で、という併用運用から始めるのが無理のない進め方です。
着工前契約の徹底
建設業法では、工事の着手前に契約を締結することが求められています。現場では「口約束で先に工事を始めて、後から契約書を交わす」というケースが少なくありません。電子契約を導入すれば、契約締結のスピードが上がるため、着工前契約を徹底しやすくなります。これはコンプライアンスの面でも大きなメリットです。
長期保存への対応を確認する
建設工事の契約書は長期間の保存が必要です。法人税法上の保存義務は7年、住宅の契約不適合責任(旧・瑕疵担保責任)の期間は引き渡しから10年です。電子契約サービスを選ぶ際は、長期保存に対応しているかを確認してください。
変更契約の運用ルールを決めておく
建設工事では、工期変更や追加工事による契約変更が頻繁に発生します。変更契約も電子契約で対応できますが、「どのタイミングで」「誰の承認を得て」変更契約を締結するのか、社内ルールを事前に決めておくことが大切です。
中小建設会社が電子契約を始める5つのステップ
「電子契約を導入したいけれど、何から始めればいいのか分からない」。そんな経営者のために、導入の進め方を5つのステップで整理しました。
ステップ1:自社の契約業務を棚卸しする
まず、年間の契約件数と種類を洗い出します。工事請負契約は何件か、下請契約は何件か、印紙税をいくら支払っているか。現状を数字で把握することで、電子契約の導入効果を具体的にイメージできます。
ステップ2:電子契約サービスを選ぶ
建設業法の技術的基準(見読性・原本性・本人性)を満たしているサービスを選びます。加えて、相手方(下請業者)にアカウント登録の負担がないこと、スマートフォンから署名できることも重要な選定基準です。Simple Contractのような立会人型電子契約サービスであれば、相手方はアカウント不要で、メールのリンクからそのまま署名できます。
ステップ3:協力会社に説明し承諾を得る
電子契約を利用するには、相手方の承諾が必要です。説明のポイントは「印紙税が不要になる」「現場からスマホで署名できる」「法的に有効である」の3点です。相手にもメリットがあることを伝えれば、承諾を得やすくなります。
ステップ4:少数の取引から試験運用する
最初から全契約を電子化するのではなく、IT環境が整っている協力会社との取引から始めます。実際に使ってみて「操作に迷う箇所はないか」「社内の承認フローに問題はないか」を確認します。
ステップ5:対象を段階的に広げる
試験運用で問題がなければ、対象の協力会社を増やしていきます。操作マニュアルを用意しておくと、導入がスムーズです。紙との併用も認めつつ、電子契約の比率を徐々に高めていきましょう。
業種ごとの電子契約の活用方法をさらに詳しく知りたい方は、業種別 電子契約活用ガイドもあわせてご覧ください。建設業に限らず、さまざまな業種での活用事例を紹介しています。
現場のスピードを止めないために
建設業の契約は、他の業種と比べて独特です。元請・下請の重層構造、高額な契約金額、現場と事務所の物理的な距離。これらの事情があるからこそ、電子契約のメリットは大きいと言えます。
印紙税法および国税庁の見解により、電子契約では印紙税がかかりません。建設業法の2020年改正により、工事請負契約の電子化も正式に認められています。法的なハードルはすでにクリアされているのです。
あとは「始めるかどうか」の判断だけです。
まずは年間の印紙税額を計算してみてください。その金額が、電子契約の導入を検討する十分な理由になるはずです。工事の着手前に契約を済ませる、追加工事の変更契約をその日のうちに締結する。電子契約は、現場のスピードを止めないための実務的な手段です。
中小建設会社だからこそ、1件1件の契約にかかるコストと時間を見直す価値があります。電子契約は、その第一歩として検討する価値のある選択肢です。

